「でもね、言葉遊びも楽しいね。
 すごくドキドキして、予感と期待で
 切なくなって胸が疼くの」
「……子悪魔」
「こあくまのこって、小さい? 子供の子? 」
 漢字が違うと雰囲気が変る。
「子供の子」
「へへ。そっかあ」
「俺は早く子供作りたいな。
 育児休暇の後復帰するつもりなら早い方がいいだろ」
「よく考えたら、結婚式のことも決まってないし
 先走ったらいけないわね」
 彼の肩にもたれたらゆらゆらと気持ちがよくて眠気を誘う。
 茹でダコにならない内にお風呂から上がらなければいけない。
「熱を解放しないと、眠れないよ、こっちは。
 どうせ朝は勃つんだし」
 最近の彼はオブラートに包まない。
「離れて寝たら、平気? 」
「男の生理現象だから関係ないな。
 お前が側にいるから余計、手がつけられなくなるんだが」
「教えてくれてありがとう……青も恥ずかしいのにごめん」
 わ、私が無理に聞きだしたみたい!
「優しいな、さーやは。
 俺みたいな悪いのにつけいられてもしょうがないな」
 くっ、と喉で笑う音。
「本気なのに、茶化さないでよ」
「いや、茶化してないよ。
 いつまでも、清らかなお前でいてほしいだけ」
「……だって私は」
「心の奥の根っこの部分」
 頬に指が滑る。
 つ、と撫でられくすぐられて笑った。
「大好きだよ」
「ん……大好き」
 肩に腕が伸びる。
彼にもたれかかった状態で、キスをした。
 吐息が弾むほどに、激しく。
 それでも余韻には優しさが漂っている。
「あと何日我慢すればいいのかな、お嬢さん」
 口調が変ですよ。
 顎をつかみながら、こっちの顔を覗きこんでくる。
 お風呂の照明に照らされているから、彼の表情のイヤらしさがよく分かった。
「あ、明日、私の実家に行ってお姉さんの
 所に寄るでしょ。その、帰ってから? 」
「帰ってから? 」
「抱いて……あなたの好きなように」
 青の滾る欲望は、今夜、私が愛してあげるから。
 小さく囁いた私に、彼は口元を歪めて笑った。
 ベッドの上で彼を慰め、慈しんだ。
 時折、頭を押さえつけられ、腰を動かされる。
 溢れる熱情の全部を受け止めた。
 青は、時間がかかる人なんだわ……。
気持ちよくなってほしい。その一心で愛していたら、
 自分も感じてしまい、危険な状況に陥ってしまった。
 けれど、もはや気力は残ってなくて、
 とろとろと眠りに落ちていくしかなかった。
 朝、シャワー浴びなきゃ。
「お、おはようございます」
 朝ご飯を作っていると後ろから、彼が現れた。
「何故うろたえる。やましいことでもあるのか? 」
「あるわけないでしょ……痛くはないの? 」
「お前が抜いてくれるなら問題ない」
 冗談か本気か分からない一言を至極爽やかに言われた。
 思わず確認したら、平気そうだ。
 もう、見るつもりなかったのに気になっちゃったじゃない。
「馬鹿っ。朝からやめて」
「そうムキになるなよ。今日は、お前が楽しみにしていた場所も行くんだろ」
「うん。楽しみ! 」
今日は再び実家に向かう為に、普段と変らない時間に起きた。
 二軒訪ねるのは、ハードなので日曜日にすればいいかと考えたが、
 同じ日にして、日曜はゆっくり過ごすことになった。
 彼を拒絶したのは、一応体力温存のためで、決して他意はない。
 全然疲れていないわけじゃなくて、奇妙な充足感はあるのだけど。
「甥っ子さんって弟みたいな感じなんでしょ。歳も近いし」
「どうだろう……」
 思案する青に首を傾げる。
 目玉焼きは綺麗に焼けたし、今日はいい日になりそうだと思った。
母の待つ実家に向かう道すがら、パーキングエリアに立ち寄った。
 今日は家を出るとき手ぶらだったので、どこかで買おうということになったのだ。
 そんなに豪華でもなく、ちょっとしたお土産にいいものと考え、
 ぶらぶらしていたら、シュガーラスクが目に入った。
 これなら、紅茶にもコーヒーにも合いそうだ。
 喜色満面でレジで支払いを済ませる。
「……ソフトクリーム食べてもいい? 」
 青は、何も言わず、ソフトクリームを買ってきてくれた。
 お金を払おうとしたら、大丈夫だと手を振られ、いいのかなあと顔が赤くなる。
「いいの? 」
 クス、と笑われてしまう。このままおごら続けていいのかな?
 結婚したら旦那さんが出すものなの?
「俺の妻になったら上手に財布の紐を握れよ」
「う……は、はい」
 頭を撫でられて、恥ずかしさを紛らわそうと
 ソフトクリームにかぶりついた。
 青は自分の分を買っていない。
 別々で買えばよかったか。
「ついてる」
 ぺろ、と顎を掬われて、きょとんとする。
 悪戯めいた顔に、ドキドキと心臓が高鳴った。
 やっぱり彼もほしかったのかしら?
「青の分買ってくるわ」
 歩き出そうとした私は、ぎゅっ、と肘を掴んで押し止められた。
「お前のを少しもらえればいい」
「はい」
 差し出すと、ソフトクリームに彼がかじりつく。
 まじまじ見つめてしまった。
こっちを見ながら食べなくてもいいのに!
 車に戻るまでに食べ終え、ゴミ箱にコーンの包装を捨てる。
 華麗なフォームで、ゴミ箱にストライクを決める彼にぱちぱちと拍手を送った。
 車に戻り助手席に座った私は目を輝かせて横を向く。
 青は、あまやかな熱を宿した眼差しをしていた。
「青、スポーツも万能でしょ!頭もよくて運動も出来るって」
 彼の顔が急に近づいてきて囁かれた。
「夜の営みをする上でも都合がいいからな。体は鍛えている」
「真顔でさらっと言うんだもの……」
 彼の吐息は耳から首をかすめ、肌にぞくぞくとした感覚をもたらした。
「は、早く出発しよ」
 さっき車の中で母にメールしたらお昼の用意してる最中との返信が来た。
 ご馳走になったら、お墓参りをして慌しく神奈川を発つことになる。 
 顔を見れるだけでも嬉しいわと言ってくれてありがたかった。
 次は本当に東京へ呼ぼうと決意する。
 ルームミラーで確認すると、まだ顎にクリームが
ついてたので、ささっとティッシュでぬぐった。
 どれだけ慌てて頬張ってんだろう……。
「いちいち可愛いからからかいたくなるんだよ」
 隣りから聞こえた声に、ぶんぶと首を振ってうつむく。
 恥ずかしいだけなんですが。
 実家にたどり着いた時、母は外にいた。
 庭で野菜の世話をしていたようだ。
 ガーデニングは母の趣味の一つで、
 プランターに自分で食べる分だけの野菜を植えている。
「ただいま」
「こんにちは」
「あら。意外に早かったわねえ」
 汚れた軍手を脱ぎ、手をハンドタオルで拭った母は玄関のドアを開けてくれた。
「お邪魔します」
 用意されていたスリッパを履くと、キッチンに通された。
 この家は父(正確には父の両親)が残してくれたもの。
 きっと、大変でも離れがたかったのだろう。
 鍋を温め直す母の隣りに立つと、
「手伝おうか」
「お客様は座っててね」
 少しだけ寂しさを覚えた。
 自分は母の元から、出て行って、
 側に残る選択肢を考えもしなかったくせに。
「ごめん……」
「何が? 」
「私、自分のことしか考えてない子供だった。
 お母さんは寂しくなるって、分からなかったの」
「あなたは、狭い世界で閉じこもるのが嫌でたまらなかったんでしょ。
 地味でつまらない自分を変えたいから、都会へ出たいって言ってたじゃない。
 その言葉を聞いて我が娘ながら、誇らしく思ったわ。
 夢を語るだけじゃなくて、ちゃんと形にした。
 沙矢を信じたから反対しなかったのよ。
 まあ、時々私を驚かせるけど……何かあったら話してくれるものね」
 ちら、と椅子に座る青を振り仰ぐ母に、たじろぐ。
「私と青、似合ってる? 」
 耳元で聞いたら、きょとんとされた後吹き出された。
「そうね。あなたが無理に彼に合わせてるんだったら、
 腹立つけど、そうでもないみたいだし。
 どれだけ大事にされてるのよと呆れるくらいよ」
「とってもお似合いよ。
 身内の贔屓目じゃなくて誰が見てもそう思うんじゃない」 
「俺には勿体ないほどの女性ですよ」
 さりげなくやってきた彼は、母の前でもストレートに私を惑わした。
 お盆に載せて、料理を運ぶ背中に訴える。
「……ど、そんなことないもの! 青こそ私には勿体ない」
「はいはい。ご飯食べる前からお腹いっぱいよ」
 顔から火が出るどころかおでこからお湯が沸いている。
 食卓につくと、三人で手を合わせる。
 家族だんらんって感じがした。
「お菓子持ってきたから後で食べてね」
「ありがとう。いただくわね。この前のマフィンも
 とっても美味しかったわよ。お菓子作りの腕上げたんじゃない? 」
「あ、ありがと」
 本音しか言わない母が、褒めてくれたから嘘じゃないって分かる。
「沙矢は料理も上手いですよ。
 きちんと使い切るから冷蔵庫に残り物が出ないんですよ」
「まあ、頑張ってるのね」
「そ、そんなこと」
「あるだろう? 」
 褒め殺しでもする気なの?
青のほうが何でもそつなくこなすから、時々悔しいのはこっちなのに。
「一人暮らし暦10年近いから慣れただけだ」
「恨めしげな顔しないの」
 タッグを組む二人に、
「してないから」
「寄ってくれて嬉しいわ」
 さらりと話題を変えた母に青が小さく頷く。
「お父さん、お盆以来だ」
「東京から帰ってきてくれたものね」
「日帰りで慌しかったけど」
 お盆休みに一日だけこちらに帰って、お墓参りをした。
 青はあの時何していたのかな。彼もお墓参りしていた?
「俺も、その日は母の墓に参っていました。
 いつも父に先を越されてしまうんですけどね」
 どういうことなのかと彼のほうを向いたら、察した彼が、
「いつも、俺が行くと母の好きだった花が飾られてるんだよ」
 優しい声で語る青は、お父様のことも大好きなのだろう。
 父親と息子の関係は決して悪いものではない。
「院長ご夫妻は、本当に仲良くていらしたわ」
 青は懐かしいのか目を細めたように見えた。
「沙矢さんのお父さんはどんな方だったんですか? 」
「優しい人だったわ。沙矢を可愛がってて」
「うん。大好き」
 たとえ亡くなっていてもだった、って言い方はしたくない。
 大切な人への想いは消えない。ずっと抱いているのだから。
「少し妬けちゃいますね。彼女を見ていると
 本当に素敵な人だったのが分かりますから」
「そうね。生きてたらひと悶着あったかも」
「ないって。青のことを実の息子みたいに思ってくれたはずよ」
 




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