歓迎会は居酒屋だった。
 コース料理をつまみながら、談笑する。
 真ん中に座った櫻井部長を囲み、和気あいあいという雰囲気(ムード)だ。
 お酒を飲むと人間の本性が分かると言っていた青は、
 まったく酔わないタイプだったが、やはり彼は特別強いタイプだったのだ。
 顔にも出ないし、乱れた様子もなかった。
 職場の面々見ているとあまりの弾けっぷりに、驚愕してばかりだ。
 特に、顕著だったのが、櫻井部長だ。
「水無月さん、君も飲みなよ」
 グラスに発泡酒を注がれそうになり、困ってしまう。
「あ、いえ、私は……」
 相手に不快を与えずに上手く断る方法はないものか。
「部長、それ私が頂きますっ」
「お前、どれだけ飲むんだ」
 助け舟を出してくれた陽香にありがとうと手で示す。
 確かにもう何杯か飲んでいるはずだが、大丈夫なのだろうか。
「無理しないで。私も飲むわ」
 後で怒られればいいんだ。怖いけど。
 覚悟をしつつ、悪ノリしている部長にグラスを差し出した。
 満足げな彼は、次に爆弾発言をする。
「結婚する時は言ってね。式に呼べとは言わないからさ」
「え……あの」
 結婚のことは母以外では、陽香くらいにしか話していない。
 入籍予定日まで数日しかないが、事後に報告する予定だ。
「斉藤が言ってた」
「は、はあ」
 陽香ったらお喋りなんだから。別に隠すことでもないからいいんだけど。
 報告するのが早まっただけ。
  「結婚しても会社辞めないで頑張ってほしい。
 経験積んでない段階で辞めちゃうのは早いだろう」
「できれば、私も続けたいです」
 あれ、そうだったんだ。自分の中からするりと出た言葉に内心で驚く。
  青が子供ほしいって言ってくれて、すごく嬉しかった。
 でも、まだ社会人としてたくさん頑張りたいんだ。
結婚したからと辞める必要ないんだもの。
 高卒で社会に出たが、青のような学歴はない。いや、彼は特別か。
 これが、私の人生だから、別に卑下するつもりなんてない。
 もしかしたら、彼も敷かれたレールの上をまっすぐ歩くより
 自分で選んだ道を歩きたかったんではないだろうか。
 今まで聞いた話からの想像だけど。
「うちは育児休暇も取りやすいし、
 なるべく戦力には残ってほしい。願望だけどね」
 ああ、そんな風に言ってくれるんだ。
 じわり、と涙がこみ上げてきて鼻ですすった。
「ありがとう……ございます」
 ぐすぐす泣いていると、部長がうろたえて水を差し出してきた。
「無理矢理飲ませて悪かったね」
「いいえ」
 いい人でよかった。
 泣いているのに、ほっとしたら笑みが浮かんで、
 いつの間にか隣りに戻っていた陽香に、
「くっ、ぐしゃぐしゃの顔でも見苦しくないなんて」
 と言われた。
「十分見苦しいわよ」
 とんだ醜態だ。
「酒での席だから気にしなくても。仕事でのミスは困るけどね」
「は、はい」
 ごくごく、水を飲み干したところで携帯が着信を知らせた。
「失礼します」
 急いで、トイレの個室に入ると案の定青からの電話だった。
「も、もしもし」
「外で待ってる」 
「うん。わかった。ちょっと待っててね」
「ああ……俺もちょっと早く来てしまったからな」
 会話は終了し、急いで席へ戻ると、部長がマイクを持っていた。
「今日は、こんな素敵な歓迎会を開いてくれてありがとう。
 仕事では、厳しいことを言うかもしれませんが、
 皆さんは同じ仲間だと思っています。また明日からも頑張りましょう」
 ぱちぱち、盛大な拍手が巻き起こった。
 そこで、歓迎会はお開きになり、皆が散り散りに帰っていった。
 トイレに向かった私と陽香は、お化粧を直しはじめた。
「陽香、さっきはありがとう」
「結局飲んだんじゃないの。まあ、無礼講で許してくれるわよ青さまも」
「うん。一杯飲んだくらいで怒られないって……思いたい」
 にわかに焦り始めた。店の外では青が車で待ってるんだ。
「そ、そうだ。今日送ってもらう? 青に聞いてみるから」
「そんな。悪いわよ。でも、いいの? 」
 酔うと本音を隠せないらしい。
 一度は遠慮がちに目を伏せたが、にこにこととても嬉しそうだ。
 店内を出ると、青が立って待っていた。
「沙矢がお世話になってます」
 丁寧に会釈する彼は、よそ行きの態度に見えた。
「こちらこそ。あ、あの……」
「青、陽香を送ってあげてほしいの。
 そんなに遠くないんだけど、危ないじゃない」
「どうぞ乗ってください」
 道路を渡った向かい側の駐車場に彼は車を止めていた。
 後部座席に案内されると陽香は恐縮した様子で座った。
 助手席に座り後ろを見ると、手を組んでじっとしていた。
「ありがとうございます」
「ご遠慮なく」
 車は陽香のアパートの方面へ走り出す。
 よく考えたら、私が年末まで住んでいた場所に近い。
 青と出会ってからも、休日に遊びに行ったりしていた。
 盛り上がる私と陽香を尻目に、運転席の人は無言で運転に集中している。
「青さま、この子結局飲んじゃいましたけど怒んないであげてくださいね。
 お酒の付き合いの場なので」
「ええ、もちろん、怒りませんよ」
 口元が、ゆがんでて怖い!
「陽香が一杯飲んでくれて、その後飲んだの。
 無理矢理飲まされてもないし、ちゃんと一杯だけだから」 
「ありがとう、沙矢をフォローしてくれて 」
「平気です。私こう見えても強いんですよ」
「今度飲み比べでもしますか。ああ、隣の子も同席で」
「そ、そうですね。考えておきます」
「また遊びに来てください。沙矢の友達ならいつでも歓迎しますよ」 
「うん! 遊びに来て」
 青が、OKしてくれるなら、陽香を呼んでも大丈夫だ。
 陽香のアパートまでたどり着き、二人で車を降りた。
 頭を下げる陽香に
「いつも、ありがとう」
 彼は、手を差し出し握手を求めた。
 おずおずと差し出された手をそっと掴んでいる。
「な、私は何も」
 爽やかさ全開に言われて陽香は半ば飛び退るように青から離れた。
「二日酔いにはお味噌汁よ。面倒でも煮干でだしをとってね」
「ぷっ。沙矢がお母さんみたい」
 あはははと笑われた。
「失敬ねっ。お母さんじゃなくてお姉さんにしてよ。せめて」
 訴える私に、ハイテンション続行中の親友は何度も体を揺らして返答した。
 やっぱり飲みすぎたのでは。心配になり背中を支えた。
「ドアのところまで行こうか? 」
「平気よう。また明日ねー。おやすみー」
 背中を向けて手を振られ、手を振り返した。
「お休みなさい、陽香」
車に戻ったら、彼が横目でちら、と見てきた。
 やばい。不味い。怒っている!?とひやひやしていたが、
 私の不安を余所に何も言われずにマンションまでたどり着いた。
 一応お酒も飲んだしご飯も食べたので、少し時間置いてからお風呂に入った。
 湯船につかり、ふうと息をついているといきなりがらがらと扉が開いた。
 青は後でいいって言ってなかったっけ?
「な、な、許可した覚えないんですけど! 」
「許可ねえ」
 あざ笑うかのような彼の姿に、不安が蘇ってくる。
「酔ってないでしょう。何で怒ってるの? 」
 彼は黙って、体を洗い始めた。
 隠す気はないようで、堂々と肌を晒してる。
 さっ、と後ろを向いて壁に顔を押し付けた。
 距離があるから湯気のおかげで見えないだろう。
「お前が見られたくないのか、俺を見たくないのかどっちだ」
 低い声が反響して聞こえぞくぞくとした。
 彼はわざとやっている。
 聞かれると分からなくなる。
 愛し合っている恋人同士だから恥らう必要はないのかな。
 見てしまうと、見られちゃうといらぬことを考えて
 熱くなってくる。淫らな期待を抱いてしまうの。
 不純な私は、底知れぬ欲におびえている。
 だから背中を向けてしまう。
 お湯に顔をつけるとぶくぶくと泡が立つ。
「せ、青……」
 波音が立ち、反対側から彼が入ってきたのが分かる。
 体を反転させられ、正面で向かい合う。
 タオルをつけてくれている。
 ばっ、と両手で胸を覆うが、あっさり外され大きな手が覆い被さってきた。
 乗せられている手は、動かずに私の心臓の動きを探っているみたい。
 暴かれる。鼓動の音が、騒がしくなる。
「っ……」
「お前の音が好きだよ。正直で嘘偽りは隠してないから」
 胸のふくらみをそっと包むのは私を愛し慈しんでくれる手。
 そうっと近づいて彼の肩にもたれかかった。
「沙矢」
「っ……あ」
 耳を食まれる。吐息交じりの声が注ぎ込まれて、震えが走る。
 背中に抱きついたら、私よりずっと
 大きな彼に、泣きたくなる。
 嬉しくて、抱きしめあっていると自然と吐息がもれる。
「俺もうるさく言い過ぎた。
 飲みすぎて悪酔いしなければ、別に咎める必要はない」
「……うん。今日は歓迎会だから主役の部長に楽しい気分でいてほしかったの」
「いい部下を持てて幸せだな」
「私、まだ言うの早いかなって思ったんだけど、機会逃したら
 言い辛くなるから言うね。結婚しても会社は辞めたくないの。
 仕事を続けたい……あなたの子供は欲しくないわけじゃないの」
「うちの会社、育児休暇が充実してるの。
 部長も残って仕事を続けてほしいって言ってくれて」
 一度息をついで、話す。
 青は、私の背中を抱きしめながら言葉を紡ぐ。
「お前が自分で考えて決めたことなら、反対しないよ」
「ありがと」
 強く抱きついたら、彼が苦しそうな声を漏らした。
「ごめん。力強すぎた? 」
「タオル越しでは分からないか」
 私の手がつかまれ、青が移動させる。
 熱くて破裂しそう。
「ぎゃあー青のエッチ! 」
「お前の安全のために巻いてたのに、勃つようなことするな」
 若干、息が荒い。
「別にしなくても死なないわ 」
 匂い立つ色香に抗えない。なんて恐ろしいんだこの人は。
「俺の性欲が強いのは、藤城の血のせいだ」
「な、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)なこと言ってるわよ」
「マジだから」
真剣に言われ、ごくんと喉が鳴る。うわーそうなの?
「青、私、自分が怖くなってるの。
 お互いの裸を意識したら、欲望が滾(たぎ)って」
「抱かれたくなるんだ? 」
「ヤらしいでしょ。暴かれたくなくて抵抗してるだけだもの」
 ああ、言っちゃった。
 こんなことまで言ってもよかったかな。
「へえ、なるほど。じゃあ気持ちは裏腹な抵抗なわけか」
「はい……」
「抵抗されたら屈服させたくなるな。従順な時よりも」
 彼は、無理矢理、体を弄んだりしない。
 私の意志を尊重した上でその気にさせる。
   




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