Crisis of lie



うわあどうしよう。
アレが来ない!
もう三日は経ってるよ。
ありえないけどまさかまさかまさか!!
当事者である彼にも相談しなきゃ駄目だよね。
逸る鼓動を黙らせながら、携帯の通話ボタンを押した。
すぐに繋がる馴染んだ番号。
無駄に髪を弄りながら、言葉を口にする。
「砌?」
彼の携帯に掛けているから彼に決まっているのに、一応
確認してしまうのは人の性。うん、それに違いない。
「明梨か」
ほら彼も。
お互い、わざわざ一言ずつ区切るのはもしかしたら電話を長引かせようとしているからなのかも。
「今から行っても良い?」
今は、卒業式前のお休みなので平日だが気楽な身分だ。
「ああ、母さんいるけど?」
「え、いつも気にしてないでしょ」
専業主婦だと思うが時々妙に忙しそうな砌ママこと翠さんは、
若々しくて綺麗な人。私を気にいってくれていてすごく可愛がってくれている。
「まあな」
「聞くまでもないんだろうけど行っていいんだよね? 」
「ああ。待ってるから」
やっぱり砌、声嬉しそう。
明らかに明るさを伴っているのが分かるから可愛いなあって思う。
そんなこと言ったらまた顔真っ赤にして嫌がるんだろうな。
コートを身につけ即行で家を出た。



「砌……」
思いつめた表情の明梨が目の前にいる。
何が言いたいんだよ。言いたいことがあるんならさっさと言ってくれ。
心臓に悪いんだよ!
来てからずっとこの調子じゃないか。
ベッドの上で俺の隣に座っている明梨の顔は何だか重い。
「ごめん、ちょっと待って、心の準備するから」
うわ、何だ今の深刻そうな顔。
俯いたぞ。
ごくん。息を飲んでとりあえず様子を見守る。
じーっと伺うように明梨の顔を覗きこんだ。
明梨はうーんうーんと唸りながら蹲った。
「明梨、体の具合でも悪いのか」
とうとうこの状況に堪えられなくなって声をかけた。
ぽんと肩に手を置く。
「どうしよう……できちゃったかも」
「はあっ!? 」
できたってあれだろ、要するに。
否、心当たりは全くないぞ。失敗はしてない。
有り難いことに医者である父親及びオープンな母親の性教育が行き届いてる。
それが恥ずかしいなんて思わない。
寧ろ、ラッキーだこの場合。意外に冷静だもんな。
素っ頓狂な声を上げてしまったもののどう対処すべきか頭の中でシミュレーションできてるし。
「ちょっと待ってろ」
こっくり頷く明梨を置いて、階下に下りる。
母親に見つからないことを祈りながら薬箱を探った。
あ、あった。
それを持つ手が震える。
自分は冷静なはずだ。多分。
自信持っていえないところが情けないが。
幸い、母親には見つからずにはすんだ。
あの女に見つかると厄介だからな。

階段を上る自分の足音がやけに耳についた。



「砌? 」
きょとんとこっちを見ている明梨と目が合う。
彼女はいつの間にか机の椅子に座っている。
落ち着こうとしているのか、俺のノートを抱えている。
茶色のクラフトは英語のノート。
お前、英語関係ないところ受けるだろ、見たって意味ないんじゃないのか。
心中、全く関係ない呑気なツッコミを入れる俺がいた。
本人じゃないからか余裕があるらしい。
「ほら、さっさと調べて来いよ」
「……馴れてる?」
「は!? どうして馴れるんだよ。これは父さんと母さんの教育の賜物だ」
自分で言ってて何だかおかしいな。
「頑張る」
変な宣言をして、明梨が部屋を出て行く。
良かった。二階にも洗面所があって。
壁時計の音がやかましい。チッチッチッ煩いな。
さっきから些細な生活音が耳障りだ。
明梨が出て行ってから、まだ一分経ってないだろうが!
焦り始めて部屋をうろつく自分が嫌になる。
これではまるで子供が生まれるのを今か今かと待つ分娩室前の父親だ。
いずれは、そんな日が来るのかもしれないけれど。
その時、部屋が静かに開いて明梨が戻ってきた。
「これ、違うってことだよね」
妊娠検査薬を堂々と見せる明梨。
呼吸が荒い自分。
「セーフ」
「よかったあ!」
安心したのか明梨は笑顔全開だった。
また部屋から出て行き、すぐに戻ってくる。
扉に背を向けていた俺は背中に重みを感じた。
抱きつくというかこれは伸しかかる?
バランスを崩し体が前のめりになった。
「あーかーりー」
「安心したらどっと疲れが押し寄せてきちゃった」
えへへと笑う。
そのまま背中に彼女を負ぶった。
状況が状況だけに雰囲気ないが、悪くはない。
頭上から明梨の声がする。
「今はできてなくてよかったけど、将来はね」
ぎゅっと首にしがみついてくる明梨は可愛すぎた。



数日後。
「砌ー報告があるの」
こっちの目を見ながら言う明梨に一瞬ドキッとした。
思わせぶりな奴め。一度に言え一度に!
「えへ、来ましたー! 」
「何が……ってああ」
この報告があるのは内心予測していた。思わず顔が赤くなる。
散々人騒がせなことしといて、挙句何でもなかったんだから。
偽りの危機だったことを改めて感じてホッとする。
しかし、この間といいこいつは羞恥心を捨てたのだろうか。
将来、妊娠しましたーやったね、砌が頑張ったからだよとか 言い兼ねない。
うわ。有り得そうで怖すぎ。
「明梨、分かってるんだろ」
間近ですごんだ。 因みにここは明梨の部屋。
ほとんど俺の部屋に明梨が来ることが多いので ここへ来ることは珍しかったりする。
「へ? 」
「俺は怒ってるんだからな、たっぷり詫びてもらおうじゃないか」
明らかにどっかの誰かさんに似てきた気がしてならない。
それだけは厭なのに!
「ごめんなさい! 土下座でもなんでもする! 正座一時間にも耐えるから」
「んな生温いことで許されると思うなよ、散々人を振り回しやがって」
「砌、目怖い。肉食獣みたい……! 」
お前にしては的確な表現するよな。
全然怖がってなくて寧ろ面白おかしそうだけど。
「追い詰められたい? 」
「逆に砌を追い詰めちゃうかも」
「冗談抜かすのはこの口か」
「ふへ……もう口引っ張らないでよ。伸びるでしょ」
「キスしやすくなって良いかも」
「ばか」
小さく呟く明梨の唇を素早く塞いだ。
これからもむせ返るような甘い日々が続くのだろう。
懲りないと言われようとも。
問題を抱えるくらいでちょうどいい。
悩んでも二人で解決できるんだから。



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