ぼんやりと空を眺めていた。
あれから三日、砌とは会ってない。
彼からの連絡も無かったので、こちらからも連絡をしなかった。
別れるわけじゃないし、不安になることなんて無い。
もう大丈夫だ。
ちゃんと笑って普段どおり、向き合える自信がある。
鏡に向かって微笑んで、私は部屋を出た。
急いで階段を駆け下りる。
「出かけるの? 」
「うん。砌の家に行こうかなって」
「気をつけるのよ」
「行って来るね」
母の見送りで、玄関の扉を開ける。
と同時に携帯が鳴り響いた。何てタイミングだろうか。
ディスプレイに表示されている名前は砌のもの。
トゥルルルル。ガチャ。
すぐさま、通話ボタンを押す。
「この間はごめんな」
「もういいって。気にしてないし」
「マジ悪かった、お前の気持ちとかちゃんと考えずに」
「砌、真面目だよね」
「人が真剣に謝ってるのに」
「いちいち気にしてたらキリないじゃん。
普段から砌はセクハラ発言ばっかりなんだから」
「……くくくっ」
「やっぱ敵わないのかもな、お前には」
電話越しに、砌が笑った。
「ふふ」
私もつられて笑う。
他愛もない自然なやり取りだ。
「でも砌、すっきりしたみたい。安心した」
「そうか」
「うん」
「これからうち、来る? 」
「うん、ちょうど電話しようと思ってたら、砌から電話来たの」
クスクスと笑ってしまう。
「忍も来るんだけどいいかな」
砌の親友の忍さんはとても良い人だ。
なんだか大人っぽいというか、同い年なのにお兄さんみたいで好き。
「勿論いいよ。わあ忍さんも来るんだ」
「やけに嬉しそうだな」
むっとしたのだろうか。
「忍さんって色々砌の弱味とか知ってそうじゃない」
「な……」
「嘘、冗談よ。そんなこと聞いたりしないってば」
「お前が聞かなくても忍が勝手にべらべら喋りそうだ」
携帯で話しながら、私は電車に飛び乗る。
隣町まで揺られると、砌の家。
「あ、そろそろ電話切るね。電車に乗った所だから」
「じゃあな。また後で」
ピッ。
「……まともに顔見られるよね」
電話越しなら普通に話せても、面と向かって話すのは
かなりドキドキかもしれない。
忍さん、全部知ってるのかな。
砌、相談してそう。うわ、思わず笑いが。
私達を結び付けてくれたキューピッドともいえる人だったりして、
繋がりも深いし、私もたまに相談に乗ってもらっていた。
彼氏の友達に話聞いてもらうのは変だと思うけど、
忍さんはそういう目で私を見ないし、砌も彼といても気にならないらしい。
これほど不思議な関係もないかも。
砌と私と忍さんとの三人で会うことも珍しくないし、
砌抜きで忍さんと二人きりで会ったりするのも普通なんだもの。
人がひしめき合う電車内でどうにか、座る場所を確保した。
隣に座る女性とは、数センチの隙間しかない。
窓が遮光カーテンで覆われていても陽の光りが差し込む。
冷房のおかげで何とか暑さはしのげるけど、
それでも汗は流れ落ちる。
というか汗出すぎ。もうハンドタオル湿っちゃった。
もしや、新陳代謝が活発ということ?
だったら嬉しいな。にやけ顔がますます悪化していくわ。
砌と行ったスポーツジムに通い始めてみようかな。
単純すぎる私の思考……一体何!?
うわ、目茶苦茶私と砌ってお似合いなのでは。
こっぱずかしいことを頭の中で考えている内に電車のアナウンスが
隣町へ着くのを知らせる。
はあ。馬鹿か、私。
単に緊張してるだけでしょ!
一人、ぶんぶん頭を振っていると、隣に座っていた女性が
怪訝そうにこちらを見つめた。
「な、なんでもないんです。今日は暑いですね」
にこにこ微笑む。いかにも不自然な対応だ。
「そうですねー」
女性は、優しく応えてくれた。
気にしても仕方がないと思ったのかもしれないな。
私は、苦笑いしながら、電車が止まるのをひたすら待った。

駅が近づき、電車のスピードがゆっくりになる。
気が急いて私は立ち上がり、座席の側の手すりを掴む。
大きな音がして、強く電車が揺れた。
隣町に着いたことを知らせるアナウンスが流れる。
下車する人々はあまりいないようだ。
私は切符を車掌さんに渡し、小走りで電車を下りた。
ふうと一つ息をして歩き始める。
「……え」
誰かにつけられている気がした。
駅の中、恐る恐る後ろを振り返る。
「明梨ちゃん、久しぶりやな」
見慣れた長身の男性が私の肩を叩いた。
「忍さん! 」
駆け寄ろうとしてはっと止める。
しまった。抱きついちゃいそうだった。
「遠慮せんでも受け止めたるのに」
クスクス笑いながら、忍さんは嘯(うそぶ)く。
「本当、忍さんってお兄ちゃんみたい」
「ぐさ。これでも砌とも明梨ちゃんとも同い年やで
ちょっと傷ついてもうたわ」
他愛もない冗談に笑い合う。
「これから砌の家いくんやろ。明梨ちゃんエスコートして
こうと思うて迎えにきたんや」
「なんであの男は自分で来ないのよ。
普通、彼女の迎えに来るのは彼氏でしょ」
怒ってないけど、口に出したかった。
「あいつは家で迎えたいんやて。
俺もついでやし駅行ったら明梨ちゃん連れて来れるかなって」
「駅からすぐだけどね」
「それはそうと、あいつに泣かされたらすぐ言うんやで」
満面の笑みを浮かべて忍さんは言う。
「いつも頼ってばかりでも悪いし。それじゃあ
とんでもなく砌に腹立った時は、力になってくれる? 」
「ええよ。明梨ちゃん、可愛いしおもろいし」
「おもろい……」
「どうせ電車の中でもずっと妄想とかしとったんやろ」
ニヤニヤ笑われた。
もしかしてお見通しだったり?
「……デリカシーない!! 」
顔と耳が両方とも真っ赤になった。
もう忍さんってば砌以上に侮れないんだから。
「ごめんごめん」
「うわあ、見てみい。家の前」
どうやら話しこんでる内に砌宅に到着したらしい。
「砌……」
ふと前方を見やれば腕組みをした砌が仁王立ちしていた。
家の外で出迎えていたらしい。



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