瞳を交わして表情を確かめようとしても、
 彼は、あまり表情を変えない人で、何を考えているか
 分からないのはそのせいでもあった。
 未来への約束じゃなくていい。
 次に会うという確かな約束が欲しい。
 沙矢は、手帳のカレンダーに丸印をつけた。あとしばらくで会えるはず。
 甘くて残酷な侵略者。
 研ぎ澄まされた美貌と
モデル並みのスタイルの良さを持つ  藤城青……。
 どんなことをされても受け入れられるのは変なのだろうか。
 ベッドに寝転ぶと、もどかしく肌を指で辿る。
 彼が、好んでくれているのかもしれない肌には、
 消えかけた痕がある。それを指で触れたら泣きそうになった。
 手のひらでそっと、膨らみに触れてみる。
秘所に指を忍ばせたら、  びく、と背筋が震え体を丸めた。
「っ……青……」
 空しくなって、止めてしまう。
 涙が、シーツにぽたりと落ちる。
 熱くなりかけた肌は、すぐに冷めた。
 心が冷えていくのと同じように。
友達に電話を掛けてみようかと思い、躊躇する。
 一人でどこかへ出かけることにし、チェストを開けた。
 レースのブラウスとフレアースカートを纏う。
 鏡に映っているのは、いつもの自分。
 まだあどけなさの残る19歳の水無月沙矢がそこにいた。
 ナチュラルメイクを施し、部屋を出る。
 湿気を含んだ生暖かい空気に、少し気分がへこんだけれど、
 しっかりと前を向いて歩く。
 バス停で、やって来たバスに乗り込む。
 いつもとは逆方向の路線に乗ったのは大した意味があるわけじゃない。
 ぶらり、普段行かない場所へ行きたくなっただけ。
 目的もなく乗り込んだが、意外にも胸は高揚していて、
 今日は一人を満喫しようと思った。
 彼のことばかりを考えていても仕方ないのだ。
たどり着いた先で、バスを降りる。
 この辺りは人通りも多く、上京したばかりの
 去年は来ようとも思わなかっただろう。
 きっと気後れしたから。
 洋服のお店に入って何着か試着したりしたが、  何も買わず店を出た。
 クレープを買って歩きながら食べるという生まれて初めての経験をした。
(特にはしたないとか思っていたわけじゃないけど、
 座って食べるほうが落ち着くから)
一人で、ぶらぶら歩いていると、颯爽と歩道を渡る長身の男性に目が釘づけになった。
 前髪が風に揺れてさらり、となびいている。
 遠めに見ても、優雅だった。
 誰もの目を奪うがどこか人を寄せ付けない独特の雰囲気がある。
(青……)
 車はどこかに停めているのだろうか。
 仕事用のバッグも持っていない所を見れば今日はプライベートということだ。
 休日だから当たり前だが。
 白い半袖のシャツにスラックス。
 襟首のボタンだけ外して、きっちりとボタンを留めているのが彼らしい。
 何故人ごみの中でもはっきりと見つけてしまうのか。
 青に関してだけは、感覚が鋭くなっている気がした。
 立ち止まっていた沙矢は、人にぶつかって、ふらついたのに気づかずにいた。
「……大丈夫か」
 聞きなれた甘い低音。力強い腕に支えられていた。
 腕の中、見上げた彼に、いつかの夜を思い出す。
 そんなに前のことでもない。
「ご……ごめんなさい」
 はっ、と顔を赤らめ、離れようと身をよじるも一向に彼から離れられなかった。
「危なっかしいな。お前は」
 自分のもののように彼は、髪を掻き分け頬を撫でる。
 お前は俺のものだろう? と言われたのだ。そういえば。
 きわめて傲慢な口調でも言葉尻は掠れていたのだが。
そんな彼をどうして憎みきれる。
 良いように扱われていたとしても。
「衆人に注目されているな」
 さりげなく腕を引かれて路地に連れて行かれていた。
「誰かに連れて行かれそうになったことあるんだろうが。
 学習してないのか。今回は人にぶつかるだけですんだものの……」
 叱責され、ぐうの音も出ない。
 俯いて、しょぼんと沈み込む。
「ごめんなさい」
 震える声に、気づいたのか青は、大きな手のひらで頭を撫でた。
 もういいという風に。
 その時ようやく気づいた。
未だ助けてもらったお礼を言っていないことに。
「ありがとう」
「いや……たまたまお前を見つけただけだ。
 お前は何を見てぼうっとしてたんだ? 」
 青を見ていたのだ。
 そうしたら、彼がいつの間にか側にいた。
 沙矢は何も言えず、唇を噤む。
(あなたを見ていたなんて言えないわよ)
「そんな顔したら、襲いたくなる。
 俺は犯罪に手を染める気はないんだけどな」
 くす、とからかう響きに、頬の熱が上がる。
 こういう時の彼は嫌いじゃなくて、
 こんな風に過ごしていたいと感じるのだ。
「偶然でも会えて嬉しい」
 どうして、こんなに何度も奇遇が重なるのだろう。
 最初の出会いも、再会した日も予期せぬことだった。
「ああ……そうだな」
 きつく、抱き寄せられる。
 そっと頭を掴まれる。影が重なり、唇が触れ合った。
 一連の出来事が沙矢の中でゆっくりと流れる。
 甘い感覚を呼び起こされそうになった時、口づけが止んだ。
 息が乱れている。名残惜しくなって、青を見上げてしまうと悪戯に口の端をゆがめた。
「お前は、俺の理性を奪う危険な存在だ、沙矢」
 再び腕を引かれて、明るい通りに出た。
 彼が車を止めている場所までたどり着いたとき、沙矢は、立ちすくんだ。
 弱弱しく腕を振り払う。
 怪訝な眼差しを降り注がれて、びくっとするも
「私、まだ行きたい場所があるの」
 ぶるぶると頭を振る。
「連れて行ってやるよ」
「でも……、青の予定を邪魔しちゃ悪いし」
 白々しい自分に吐き気さえ覚える。
 乗せてもらいたいくせに。
「せっかく会えたのに、そんな萎えること言うなよ」
 誘い、惑わしている。そう感じた。確信犯だ。
 強引なのにあくまで沙矢に選ばせていた。
 その証拠に彼は一歩先へ行き運転席のドアにもたれかかっている。
「俺は単にドライブしてただけだ。
 珍しく街へ繰り出してみたら、お前に会えた」
 それは、喜んでくれていると解釈していいのか。
 沙矢は、顔を上げて、緩く笑った。
 勘違いでも、喜ぶべきだと判断して。
「乗せてくれる? 」
「ああ。乗れよ」
 開かれた助手席のドアから、身を滑り込ませる。
 車高の低い車だから、青の方こそ乗りにくそうに思うが、
 何の苦もなく、すっと乗り込む。
 その様子を見るのが、沙矢は、とても好きだった。
「どこへ行きたいんだ」
 車内で聞かれ、沙矢は口ごもった。
 特にどこへ行くと決めてはおらず、行き当たりばったりお店に入っていたのだ。
 名前に惹かれた洋服のお店だったり、看板を見て
 食べたくなったクレープ屋だったり気の向くままに動いていた。
 このまま流れに身を任せてみようか。
「あなたの行きたい所でいい」
「どこかに連れ込まれて襲われたらどうするんだ」
 くっ、と面白がっている風情に、口を開閉させる。
 一瞬、考えてすぐに結論が出た。
「おどしてるつもりなら逆効果よ」
 強気に笑ったら、強く手を掴まれた。
「足元掬われないように気をつけろよ」
 痛いくらい掴まれている手首。
 必死で、睨みすえて、微笑んで頷く。
 車が走り出す。
流れる景色の中、彼と過ごす時間が増えている奇跡を胸にかみ締めた。
(送ってくれてるんだ)
 試されただけだったのだ。
 沙矢と一緒になど行きたい場所もなかった。
「あの……ありがとう」
 止まった車を降りる時、彼の方を振り仰ぐ。
「本当はこのまま連れ去ればよかったな」
 耳を疑った。瞳は深遠で心が見えない。
 青から出た台詞が信じられなくて、見つめ返す。
「上がって行って」
 自分から出た台詞の大胆さに、はっとした。
 夕闇に照らされた彼の姿に、ぞくりとして、
 気まぐれでは決してないけれど、魅入られたのは確かだった。
 夕方という刻限に。
「……気持ちは同じってことか」
 青が運転席の扉を開いて降りてくる。
 隣に立つ彼を爪先立ちで見上げていると、手を握られた。
 きゅん、と疼く胸。ときめくのは止められなかった。
 先導して歩いて、部屋の前まで来た時、一度後ろを振り返った。
「青……先に入って」
 鍵を開ける。
 顎をしゃくった彼が、中に入るのを見届けて後ろからついて入る。
 かちゃり、扉を閉めた。
 自分から招き入れるどころか、先に彼を部屋へ入れた。
「……あ」
 自分から彼と過ごしたいと告げているかのようだ。
 気づいた時には遅かったのだけれど。
 狭い部屋は、玄関を入って台所を抜けたら寝室兼居間だ。
 クッションを薦めて、対面に座る。
 テーブルの上に置いていた缶入りクッキーの蓋を開けると甘い匂いが漂った。
「コーヒー飲む? 」
「眠らせてくれないのか。へえ」
 かあっと頬を染めて、台所へ向かう。
 コーヒーカップをトレイに載せて戻ると、鋭い視線に射抜かれた。
「……青? 」
 テーブルの上に、トレイを置いた途端、腕を引かれた。
 押し倒された床の上、見下ろされて、どくんと鼓動が早くなる。
「お前が欲しいから抱くんだ。
 気づかせてくれたのは沙矢だ」
 頬から首筋を指先が辿る。こちらの感情をせきたてるような動きだ。
 声が漏れそうになり唇を噛もうとしたら、彼の唇が重なった。
「んん……ふ……あ」
「傷つくだろ。やめろ」
 唇に直接注がれる言葉は息が混ざっていて、  びく、と震えてしまう。
 舌先が、歯列を吸う。悪戯な指先は胸の頂を摘んでいた。
 舌の動きは、彼との交わりを意識させた。
 濡れた音が響く。
 じんわりと肌が熱を増して、ふわふわとした心地に襲われた。
 白くかすんでいく意識の中、抱き上げられたのを感じた。
 このままここで抱かれるのだろうかと、内心動揺していたので、安堵で胸が包まれた。
下ろされた自分のベッドの上、彼を見上げる。
 ぎゅ、と手を掴んだら、微かに反応を示した。
 指先を震わせて、強く握り返してきた。
 すぐに大きな体が、覆い被さってきて彼の向こうの天井以外見えなくなる。
 腕を伸ばして広い背中に回す。
 額とこめかみ、頬へと啄ばんでは離れる唇が淡い感覚を残す。
 性急ではなく、ゆっくりとこちらを導く。
 甘い関係を錯覚するけれど、霧がかかったような眼差しに現実に引き戻される。
 ふと、瞳を見た時にドキッとした。
 首筋にやや強く噛みつかれる。
 彼の歯が当たった場所から熱が生まれ、唇を押し当てられたら体が仰け反った。
「青……、」
「焦らなくても、思う存分感じさせて、イかせてやるよ」
 唇が塞がれて呻いた。
息が苦しいほどに舌が、出し入れされ激しく口内を愛撫される。
 漏れる吐息が、部屋の中で響いて恥ずかしい。
 顎を伝い、鎖骨の上まで落ちた白い滴を舌が舐め取っていく。
 指で、シーツを掴む。
「何入れて欲しいんだよ」
 薄く開いた唇を彼が、意味深に見やり、笑った。
 小指が差し込まれ、唇を閉じた。
思い切って吸ったら、彼は満足そうだった。
 濡れた音が、感情を昂ぶらせる。
 立ててしまっていた膝の間に、青の体が割り込んで押さえつけられた。
 音を立てて外されたブラが、床に放られる。
 頂を舌先でつつかれ、ちゅ、と吸われた。
 乱暴に揉みしだかれ、唇に含まれては転がされる。
 固くなった場所は、下腹の熱まで急速に高めた。
「……っああ……やっ」
 ぶるぶると頭を振る。感じすぎてしまうのが怖い。
 どこまでも違う自分にしてしまう彼が恐ろしい。
 沙矢は、快楽と得も知れぬ恐怖の間で、身悶えていた。
 欲しい。
 彼のすべてを受け入れたくて、求めてしまうのだ。
 唇は段々と下へ降りていき、お腹に触れた時、
 くすぐったくて身をよじった。
 さらさらとした髪が、足の間に当たった次の瞬間、
 火かき棒を押し当てられたような激しい熱を感じた。
 ばたばたと足を動かす。
 わざとらしく、音を立てて、啜る彼はこちらに顔を上げた。
「っ……嫌っ」
 視線が、絡んで頬を染める。
「感じて、仕方ないだろ。溢れて来て止まらない」
 羞恥が、壊していく。沙矢の中で何かが確実に壊れた。
 奥をかき回されて、腰からせり上がってくる痺れ。
 ぱたり、腕を下ろして、シーツに沈み込む。
 肩で息をするほど、乱れていた。
 完全に閉ざされたわけではない意識のせいで、
 彼が避妊を準備する姿を見てしまい、思わず顔を覆った。
「見知らぬ男に、無謀に身を任せたくせにな」
「……あなたを信じたから」
 掴まれた顎。間近で彼を捉えてしまい、心臓が暴れた。
 視線を逸らすことは許されなかった。
 繋がれた指先から、彼の熱と汗が、伝わってくる。
「信じてくれてありがとう」
 嘯いた彼が、膨らみを掴み、頂を含む。
 ちゅ、と音がした。
 どく、どくと凄まじい速さで血が流れていく。
 耳を甘く噛まれる。ねじ込まれた舌が耳の中でもどかしく動いた。
「あ……あっ……ん」
 熱くて、固い塊に這入られたのはその瞬間だった。
 声にならない悲鳴を上げて、背中に爪を立てる。
 汗でぬるりと湿って、きっと彼も興奮してくれているのだと思った。
 滑って腕が解けそうで強く、指で皮膚を掴んだ。
 彼の勢いが、増して膣内で暴れるのが分かる。
 離れては這入られる度、青自身は、大きくたくましく主張するようだった。
舌が上唇をなぞる。つ、と舌が唇をこじ開けた。
 奥で繋がり、唇を深く重ねあう。
 近づいては、遠くなる青を捕まえたくて
 彼の手のひらを爪で引っかいていた。
 同時に奥でも締めつけていたとは知らない。
「くっ……」
 呻いた青が、沙矢の奥を容赦なく突き上げる。
「は……っ……ああ……! 」
 彼の浮力に引きずり込まれていく。
 解き放たれた熱い欲を受け止めて、意識が弾けた。
 どさり、脱力した青が、沙矢の隣に身を横たえた。
 仰向けの彼女に対し、彼は横を向いているのだけれど、
 シングルベッドの上での距離など知れている。
 目を覚ました時、振り向いたら
 青の肩にぶつかって、慌てて離れたくらいだ。
「……っ……青」
 無言で肩を引き寄せられ、滴が落ちてくる。
 大粒の雨ではなくて、沙矢の涙。
 嗚咽をかみ殺ししゃくり上げる。
「俺が悪者みたいだな」
 自嘲する響きに、身を震わせる。
「ち、違うの……これは」
「俺が悪者なのは、自覚してる」
「……いいの」
 頭を押さえ込まれ、胸が切なくなった。
 強い力ではなくて、優しい仕草だった。
「泣き顔が綺麗だからもっと見たくなってしまうなんて、最悪だろう」
 泣き笑いの表情で、彼を見つめる。
 頭部は触れていても肌は、僅かに隙間を開けて触れ合っている。
「偶然よりも、必然がほしいの。
 また、会ってくれるって確かな言葉が」
 口にしなくても、彼が会いたくなれば気まぐれに連絡が来るし、
 沙矢の方もメールをしたりしていた。
 直接、言葉が聞きたい。
「何も分かっていないな」
 疑問符を浮かべていたら、淡々と囁かれる。
「指切りでもしてやろうか」
 そっと、手を伸ばし彼の指と絡める。
 不器用に揺らす指同士に、希望を託した。

 


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