Carols

 
                  
家へ帰ると、既にパーティーの準備は整っていて、
私と青は部屋に戻って一息つくことにした。
二人の寝室である青の部屋で、ソファに凭れる。
着替えるのはもう少ししてからでいいだろう。
朝着たばかりだしね。
「青、今日、ピアノ弾くの?」
「弾くわけないだろ」
期待を込めて顔を覗きこんでみたけれど返事は素っ気無かった。
やっぱり私の前でならいつでも弾いてくれるのに。
大勢の場で披露してもいいのに青は、嫌なんだろう。
「カラオケするのかしら今日も」
「さっきから何が言いたいんだ? 」
じーっと凝視してくる青に捕らえられて身動きが取れない。
青に見つめられると時々動けなくなるからある意味怖い。
「青と二人きりの特別な夜は昨日過ごしたけど、
今日は大勢でわいわい賑やかなクリスマスじゃない?
こんなの初めてですごく嬉しいのよ」
「俺はお前がいるだけで充分だ」
「偶だから賑やかなのも良いでしょ?」
「……まあな」
喉で笑う青を見て変な表情になってしまう。
頭をくしゃくしゃと掻き毟って笑ってる。
青の意外な所をまた一つ発見した。
「ふう」
声に出して息をつく私の頭が引き寄せられる。
ソファが少し沈んだ。
雪が地面を染めている為に太陽はいつもよりまぶしく部屋を照らす。
目を細めるのは、光のせいだろうか。青が同じように目を細めて見つめてくるからだろうか。
「ね、バルコニー出てみない?」
青の肩に寄りかかったまま、上向き加減で問いかける。
さらりと前髪を避ける手の平を感じた。
「ああ、そうだな」
ショールを羽織るとソファーから立ち上がって窓を開け放つ。
バルコニーからは薄っすらと白く染まった庭園が見えた。
寝室として使っている青の部屋と私の部屋は、二階の西側に位置する。
向かいの部屋からは玄関の方だから噴水が見えるのだろう。
青のお母様の部屋だったというその部屋は今は使われていない。
「そっか、砌くんロマンチックな夜明け迎えたのね」
「山にあるから雪は深かっただろうな」
「あれ? そこまでどうやって行ったの」
「車。誕生日迎えるとすぐ免許取ったらしい。
どっちにしろもう何年も前から無免許運転していたけどな」
「へえ」
さらっと言うもんだから聞き流しそうになったけど
今何気にすごいこと言ったんじゃ……。
「や、あの、お医者様って皆変な人多いの?
陽お義兄さん、真面目そうできちんとして見えるのに、無免許運転させてたなんて」
言ってから自分の発言にびっくりした。
本人目の前じゃなくて良かった!
「変人でもなけりゃあの姉貴と結婚しないだろ」
私は曖昧に笑った。
そうは言いつつもお互い信頼関係は築いているのだ。
何せ青が小学生の頃に翠お義姉さんと結婚したんだから20年近い付き合いだ。
「そういえば青も変人かも」
「頭良い奴はどっかネジずれてる人間が多いって言うもんな」
自分で頭が良いって言ったわけだが青の場合逆に俺はアホだとか言われた方が
むっとくるからこくこく頷くしかないわけで。
「うん」
その瞬間、青が、耳元で囁く。
「沙矢、明日、待ってるからな」
頭に疑問符を浮かべるとランプがすぐに点灯した。
明日は今年最後の定期健診だ。
「ええ。白衣姿の青見たいわ。偶然でも会えれば良いね」
「そうだな」
やけに楽しそうな青に私はただ首を傾げていた。

昼食は、青と二人で食べることになった。
パーティーの準備はすっかり整っているのだが、屋敷の中には
誰一人いない。お義父様は病院で仕事中、でも操子さんや他のここで
働いている人達はどうしたんだろう。
マンションで暮らしてた頃と同じように今は二人きり。
何かおかしいと思いつつもパスタを口に運ぶ。
定位置に座り黙々と食事をする。
お昼のメニューは青が作ってくれたあさりのスープパスタ。
いつもは私や操子さんがキッチンに立っているので料理をするのは久々だった為、
嬉しかったのだろう。妙に張り切っているのが伝わってきた。
勿論顔には出してないが、いきいきとしているのは雰囲気で感じ取れるものだから。
「あっさりしてて美味しいわ」
「もっと頑張りましょう」
「はーい」
反応してくれたのが嬉しくて私は頬を緩める。
前にも増して最近の青、ノリいいわよね。
二人きりでよかった。
昼食を食べると庭を散歩するために外に出た。
池には鯉や鮒が並んで泳いでいる。
踏み石を渡ってじーっと池の中を覗きこんだ。
青は後ろをゆっくりと歩いてきている。
「ねえ、名前ついてないの?」
「ついてない」
「年末年始はマンションにいようか」
ぽんぽんと頭に触れて青は、腰を引き寄せた。
私の気持ちを汲み取ってくれてる。
「ん……」
「たまには二人きりで過ごしたいだろう」
この家でもほぼ二人きりといえるが、マンションで過ごすのとはまた違う。
「ラジオ聞いたりレコード大賞見たりのんびりしよう」
青は小さく微笑んだ。
「あっ」
その時お腹を蹴られた感じがした。
私は青の体に腕を伸ばし、自分の体を離した。
「今、動いたの、赤ちゃん」
青が腰を屈めてお腹に顔を寄せた。
体に腕を回され動けなくなる。
「お父さんだよーって呼びかけてみたら?」
私がそう言うと青は押し黙った
「そんなに急くこともないか」
「うん」
一度だけ自己主張した小さな命は、私を元気づけてくれたみたいだった。
青が差し出した手の平に指を絡めて歩き出す。


「こんばんは」
辺りが暗くなり始めた夕方、翠さんと陽さん夫妻がやってきた。
「お義姉さんにお義兄さん、こんばんは。いらっしゃいませ」
「沙矢ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわね。
家族って感じがするもの」
「家族……」
お義姉さんの言葉を反芻すれば、じんわり胸が温かくなった。
お義兄さんが、お義姉さんの肩に腕を回しエスコートしている。
ちらちらと視線を交わすタイミングも同じで。
いいなあ。なんか、お互いのことなんでも分かってるオーラが漂っている。
成熟した夫婦そのものだ。
私と青もあんな風になりたいものだわ。お義姉さん達は結婚して来年で20年か。
「沙矢、考えてることが全部顔に出てるぞ」
「やだ、青って何でもかんでも覗きすぎ!」
「お前のことなら手に取るように分かるからな」
思わず手で両頬を押さえた。
私の心ごと全部見透かしている彼には隠し事なんてできないのだ。
ぎゅっと腰を抱かれた
ツリーの前ではお義姉さん夫婦が飾り付けをしていた。
飾りつけは終ってたはずだけど追加してるのは何故だろう。
振り返ったお義兄さんが、口を開く。
「毎年飾りつけ手伝いたいんだけど、仕事だからね。
僕と翠と砌は当日にそれぞれ一個ずつ飾ることにしてるんだよ。
青に聞いてなかった?」
「ええ」
「今年はねえ、私はオーソドックスにこれよ」
お義姉さんが指差した先には赤靴下のキーホルダー。
お義兄さんが触れているのは雪だるまのキーホルダー。
あ、有名な雪だるまのキャラクターグッズだ……。
ツリーに飾る一般的なものは既に飾ってあることを見越して
目立つものをとでも思ったのかもしれない。
顔を逸らしている青がいたたまれなくなり私はさっと話題を変えた。
「砌くんまだでしょうか?」
「そうねえ。家に帰らずに直接来るって言ってたんだけど」
まだ全員揃っていない。
お義父様と砌くんがいなければパーティが始められない。
そわそわし始めていると扉が開いて、
真っ白なジャケットを羽織った男の子と栗色の髪の女の子が姿を現した。
髪が肩の少し下で揺れている。
「こんばんは」
砌くんが照れたように笑った。その隣で
恥ずかしそうに顔を赤らめながらも自然に寄り添っている女の子を見て
その正体にすぐに気がついた。
「別荘貸してくれてありがとうせい兄。明梨にせい兄のこと話したら
すごく会いたがってさ、連れてきたんだ。あ、勿論母さんと父さんにも許可取ってるから」
砌くんは一気に捲くし立てた。
青はそれを一瞥して「そうか」と言っただけ。
「こういう時でもなければ会えないし」
ぼそぼそっと呟く砌くんは思いっきり照れている。
私は所在なさげに佇んでいる女の子の手を取った。
お姉さん夫妻は、少し離れた場所からこちらを確認している。
「初めまして、藤城沙矢です。よろしくね、明梨ちゃん」
「元宮明梨です。こちらこそよろしくお願いします!
沙矢さんのことや青さんのことは砌からよく聞いてるんですよ」
にっこり笑った顔は何の媚もなく嫌味な感じがしない。
この子の側にいるとほのぼのした気持ちになるわ。
「初めまして、砌がいつもお世話になってるようで」
青が横から明梨ちゃんに声をかけた。
まるで教え子の親が担任に言う台詞。
「み、砌の叔父さんなんですよね!? す……ごい」
明梨ちゃんが感激のあまり声を張り上げた。
すごいって一体何が!?
「それは良かった」
青が瞳を緩めると明梨ちゃんが微かにはにかんだ。
「明梨ちゃん、一緒にお話しない?」
「喜んで!」
手を取り合って奥のテーブルに歩いてゆく。
砌くんが寂しそうな瞳でこちらを見た気がした。
青を視線で探してみればお義兄さんと話し込んでいた。
「沙矢さん、本当に綺麗。それに可愛いし清純な雰囲気だし! 話に聞いた通りだなあ。
さっき本物だーって言っちゃいそうになりました」
「そんな。明梨ちゃんこそ可愛いわよ。ほんわかしちゃうの」
明梨ちゃんのハイテンションパワーに巻き込まれてゆく。
歳も離れていない女同士のせいか私たちはいつしかきゃぴきゃぴはしゃぎ始めた。
1時間経ったころには完全に打ち解けあい、お互いの相手のことをすっかり忘れていた。
そう、明梨ちゃんは彼である砌くんのことを、私は旦那さまである青のことを。

「砌、どうだったんだ? 」
単刀直入に問うと、砌は吹き出した。
瞬時に避けたのでかからなかったが。
「汚い」
「ご、ごめ……。ちょっとさ心の準備ができてないんだ。待ってくれる」
「上手くいったと認めているのと同じだぞ」
分かりやすすぎる甥の態度に呆れた。
顔真っ赤にして狼狽しているんだから誰でも分かる。
砌にとって不幸なのはここには味方がいないという事か。
肝心の彼女は沙矢と意気投合して話し込んでいるし、
頼みの綱の両親は悪ノリをする二人だ。
「砌、もっと分かりにくい態度貫かないと駄目よ。
青は容赦ないんだから」
「いや、そうでもないだろ。姉貴と義兄さんに比べたら」
少なくとも悪ノリしてからかわない。
「これだけ公認で男女関係に緩いんだから甘いくらいじゃないかな」
「そうよ。避妊はしっかりねって家を送り出したくらいだもの」
生真面目すぎる砌の反応が面白い。
「あ……当たり前だろ」
砌は恥ずかしいらしく小声だったがしっかりと答えていた。
「そういえば将来の話とか聞いたことがなかったが。医者になるのか?」
「医大受験するよ」
 こいつは三年なんだから今更だったな……。 「頑張れよ」
真剣な顔の砌を見ると、からかう言葉も出てこない。
「何かあったら義兄さんや俺に言えばいい」
「ああ……ありがとう。やっぱ変ったな、せい兄。
今までも尊敬してたけど 何か信頼感が増したよ」
俺は砌の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「子供扱いやめろよ! 」
「大人になったお祝いだ。素直に受け取れ」
「そうね、明日はお赤飯炊かなきゃね」
翠の一言で砌は止めを刺されたのかそれから暫く固まったまま動かなかった。
嫌がらせ以外の何物でもないだろう。


「沙矢ちゃん、飾ってきてもいい?」
「うん、いってらっしゃい」
明梨ちゃんに、歳も離れてないんだしもっと気軽に呼んでくれると嬉しいわ
って言ってみたら即行でじゃあ沙矢ちゃんと呼んでもいいですかと
返ってきたので喜んで受け入れたのだった。
ぱたぱたと走っていく明梨ちゃんの後ろからついてゆくと、
サンタクロースのオーナメントをもみの木に結んでいた。
「凝ってるわね。右手にキャンドル。左手にクロスか」
「えへへ、これ私が選んだんですよー。砌が決めかねてたから」
「そうなんだー」
シュールな感じがいいかもしれない。
明梨ちゃんと微笑み合っていると、病院から戻ったお義父さまが、テーブル席に着いたのが
見えた。青や砌くん、お義姉さん夫婦も席に着いている。
「いこっか」
明梨ちゃんと一緒にそれぞれの席へ落ち着くとお義父様から声が掛かった。
「今年は、青が可愛いお嫁さんを連れて帰ってくれて
華やかな夜になった。皆、今日ばかりは羽目を外してくつろいでくれ」
皆、一斉に拍手をした。
タイミングがずれそうになった明梨ちゃんを砌くんがフォローしている。
仲良いなあ。きっと二人は結ばれたんだろうなあ。
青も砌くん問い詰めるとか言ってたし、真相を知っているはず。
お義父様の挨拶が終ると、それぞれが席を立ち食事を並べているテーブルに向かった。
ハロウィンの時と同じでバイキング形式だ。
ケーキはチョコレートとイチゴショートと二種類。
両方共昨日焼いた生地をさっきデコレーションしたばかり。
「ちょっと自信あるのよ。食べてみて!」
ささっと薦める私に青が苦笑い。
青と一緒に料理を皿に取り分けて、席へ戻った。
「青、美味しい?」
皆に美味しいと言ってほしいけれど一番に美味しいと言ってほしいのは誰よりも青で。
「ああ。甘すぎなくて美味い」
口の中の物を飲み込んでから青は言葉を返す。
私は誉めてもらえたのが嬉しくて少し誇らしげになった。
青は嘘はつかない。私だから誉めてくれたわけじゃないことを知ってる。
「メインのお料理まだ食べてないのに急かしちゃったね」
「今頃気づいたのか」
青はクスクスと笑ってケーキを食べるのを中断すると料理を取りにいった。
部屋の中央に大きなテーブルが置いてありそこに料理やケーキが並べられている。
青の席の隣に砌くんと明梨ちゃんたちが座っていた。
「明梨ちゃーん」
「ひゃああっ!」
横から声をかけてぽんと肩を叩くと明梨ちゃんは大げさなくらいに驚いた。
持っていた料理の皿を床に引っくり返してしまった。
「大丈夫かよ」
砌くんは呆れながら明梨ちゃんを正気に戻し、一緒に皿を片付けている。
慌てて駆け寄ってきた操子さんが、片付けようとするが二人とも自分が片付けると言って譲らなかった。
私のせいで。動揺していると青が、腕を引いた。
「みっともなくてごめんなさい。ううう恥ずかしい」
「ううん、私こそごめんね」
顔を真っ赤にして片付けている明梨ちゃんは、操子さんにも謝っていた。
「沙矢、驚かそうと思ったんじゃないか」
「……は、はい」
「このお姉さんは悪戯好きなんだ。許してやってくれ」
「ゆ、許すも何も! 私が驚きすぎただけですから」
しどろもどろになりながら明梨ちゃんは青を見上げている。
砌くんはそれを横でじっと見ている。
「追い討ちかけなくても……」
罪悪感でいっぱいなのよ。
ぼそぼそと呟く私に青は余裕の表情で笑った。
「別にどうってことないじゃないか、ほら」
「……あ」
未だ恥ずかしそうな明梨ちゃんを砌くんがもう気にするなと言って宥めている。
ぺたんと自分の椅子に座り込むと、青が隣から
「お腹の子の為にも栄養つけろ」
とフォークを差し向けて促す。
どうやら口を開けろってことらしい。
青の方に椅子ごと体を寄せて口を開けると
「それじゃ入れられないだろ」
大口を要求された。
口の端を上げている顔は意地悪に見える。
周囲の様子が気になるけれど、旦那様は容赦ない人だから有無を言わさない。
あんぐりと大きく口を開くと、お肉の切れ端が放り込まれた。
柔らかな肉汁が口の中に広がる。
咀嚼し飲み込んだ後、青の方を見るとシャンパンを飲んでいた。
椅子から立とうとした瞬間、目の前に同じ色の液体が入ったグラスが置かれる。
「お前のはノンアルコールだ」
「あ、うん」
パーティーは賑やかというよりはアットホームで温かい雰囲気がした。
ハロウィンの時の方が派手で豪華だったし。
お義姉さんの言っていた通り家族の集まりって感じだ。
気づくと青はケーキ皿にチョコレートケーキを載せていた。
単なるチョコレートケーキではない。チョコバナナケーキだ。
「青、チョコの方が甘いのよ」
「俺たち以上に甘い物があるのか?」
絶句。もう青ったら。

チョコのケーキを二人で食べた後、パーティーはお開きになった。
時計は10時を回っている。
お義姉さん夫婦はそのまま帰宅し、砌くんは明梨ちゃんを車で送ってから家に帰るとのことだった。
残ったのはお義父様、青と私、操子さんの4人。
「いやあ久々楽しかったね」
「いい年こいてはしゃぎすぎだろ。普段の院長を知ってる医師たちが見たら、驚く姿だぞまったく」
「偶だからいいだろう。青ももう少し肩の力抜けばいい」
「お義父様、見えないだけで青は充分肩の力抜いてリラックスしてましたよ。
でも私の事はちゃんと気遣ってくれてて」
「青のこと理解してくれてるんだね。10年振りに同じ屋根の下で
暮らしだしたからね、やはり気づかない所も多いらしい」
「理解はしてるつもりですが全部分かってないですよきっと。
知らないことがある方が面白いですし」
「そうだね」
クックッと含み笑いをする様子が青と似てると思った。
「明日、よろしくお願いします」
「ああ」
青がお義父様に言った意味を私は翌日知ることになる。
部屋へ戻ると、私はベッドに沈み込んだ。
ばったんきゅーという効果音が流れてそう。
ベッドの端が揺れたのを感じて隣を見れば端っこに青が座っている。
「ねえ、砌くんどうだったの?」
多分想像は当たってる。
「あいつは態度に出るから分かりやすい」
わくわく。瞳を輝かせる私に青は感慨もなく呟いた。
「そっかあ。良かったねえ、砌くんたち」
「ひたすらどうでもいいが。わざわざ別荘使わせてやって
外泊の手助けまでさせておいてそれで上手くいかなかったとか
言われたら呆れて物も言えないだけだ」
「素直じゃないんだから」
「所詮個人同士の問題だからな」
「まあね」
「明日、何かあるの?普段わざわざ家であんなことお義父様に言わないもの」
「秘密」
「ケチ」
「あと半日後にはちゃんと分かるから想像しておけ」
ニヤリと笑う青。ああ、この顔、企んでるわ。
「うん。あ、お風呂どうするの?」
一応聞くのは今朝ホテルで入ったからだ。
「お前が入るのなら付き合う。妊婦が足を滑らせたら大変だからな」
「な……人をおっちょこちょいみたいに」
「違ったのか」
「あう。もういいから入ろう。疲れを落さなきゃ」
むくっと起き上がった瞬間、腕を引かれてまたベッドに倒れこみそうになった。
と思ったらあっという間に青を見下ろす格好。
抱かかえられたのだ。定番になったお姫様抱っこ。
「これぐらいやらせろよ」
頷く私に青は満足そうだった。
赤ちゃんが生まれるまでは、しないって不可侵条約を結んだから、
別の形で私に触れたいのかもしれなかった。
いつ破ってしまうか内心自信がないけれど。
服を脱いでバスタオルを巻くとお腹が膨らんでいるのが目立つ気がする。
湯船に浸かると二人分の重力でお湯が波打った。
「沙矢」
後ろから青の手が頬に触れる。
お姫様抱っこの次はお膝抱っこ。
真後ろにいるせいで吐息が首筋に触れるからドキドキするんだけど青はやめてくれそうにない。
「唄ってくれない? 愛を誓う歌。クリスマスは終る前にもう一個プレゼントが欲しいの」
青の返事は中々返らない。
暫くすると、すうと息を吸い込む音。
明るい曲調のクリスマスソング。いつも聞くアーティストの初期の名曲だ。
ハイトーンの曲だから青が唄うと少し掠れる感じになるけど、
それが逆に艶っぽくて聞き入ってしまう。
けれど、時間は流れるもので。
「次はブティックホテルでな」
「……ええ」
あっという間に貴重な数分間は終り現実に引き戻された。
青はラブホテルって言い方はしないのね。
「毎日でも聞いていたいな。胎教にも良さそうだし」
嬉々とした弾んだ声を発する私にあなたはどんな顔をしているのかしら。
腰に回された腕の力が少しだけ強くなった。
「気が向いたらな」
「うん」
くるっと首を後ろの回せば青は淡く微笑んでいた。
青は急に体勢を変えて私と向かい合わせになる。
静かに重なる顔。
聖歌を歌ってくれた唇は思いの外熱かった。


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