「青……っ! 」
半端に脱がされたままなのに構っていられない。
 ジャケットを放り、シャツ一枚の彼が、抱きしめてくる。
 その力は強く、私をどこかへ連れて行こうとしているよう。
「はぁ……っ」
 耳朶をきつく吸われ、膨らみを揉みしだかれる。
「青、私の隣には陽香もいたじゃない。
 小松さんと二人きりだったわけじゃないのよ」
「端から、陽香さんを視界に入れてなかったが。
 俺にも言ったぞ。俺がいなければ、口説き落としたのにって」
「そんな話してたの。単に呼び方で文句言ったのかと」
「呑気すぎる」
 小松さんのことを警戒するのは必要ないと思っていたけれど、
 私は、少し考えが浅いのかもしれない。
 苛立たしげだけれど、あくまで仕草は優しい。
 感じる場所を攻め立てる動きも緩やかで。
「俺の感情を負にも正にも突き動かせるのはお前だけだ、沙矢」
「っ……あ」
 両足が絡まる。大きく硬く張り詰めた彼自身が、腰に触れた。
 全身がわななく。抱きしめられて呻いた。
 瞳を閉じて身を任せる。
 口づけを交わす。舌を縺れさせ吐息を奪い合う。
「……焦らなくても私はあなた以外の物にはならないのよ」
 車の中で抱かれようとしている。
 淫靡で背徳的だからこそ、いつも以上に気持ちが高ぶっている。
 合コンよりも彼とのことしか思い出せないのだろうと濁る思考の中、ぼんやりと思った。
 

「だったら、証明してみせろよ。
 俺を愛してるって体で応えられるだろ」
 つ、とショーツの脇から、指を忍ばせたら、そこはしとどに濡れていた。
 声を抑えようと唇を噛む彼女がいたいけで、十分答えてくれていて
 独占欲を満たしてくれるようで、くっくと喉を鳴らした。
 やすやすと飲み込まれてゆく指。
 もどかしい場所を行き来させて、羞恥に悶える姿を楽しむ。
「っ……ああ」
 胸元のボタンを外し、ブラジャーのカップを上にずらして、頂を舌でなぞった。
 乱れた衣服が扇情的で、本能をどこまでも煽る。
 早く腕の中に閉じこめたくて仕方がなかった。
 不特定多数の男たちの目に触れ、特定の一人には
 目をつけられて、油断はできないと改めて思った。
(この車で思い出を作っておきたいみたいだったし、
 ちょうどいい機会だろう)
 ショーツを太腿までずらす。
 薄い茂み奥に潜む場所はしっとりとした湿りを帯びていた。
 苦しい体勢を堪え、身を縮める。
 溢れる泉を啜ったら、高らかな声がして、びくんと華奢な体躯が震えた。
 何度か弛緩したあと、ぐったりとシートに身を沈める。
 しどけなく開いた、瞳と唇。
 美しくて視界に焼きつけておきたい。
 闇の中でも彼女の姿だけは、しっかりと捉えることができるのは不思議だ。
「せい……」
 舌っ足らずに呼ばれ、苦笑する。
 汗で貼りついた髪を梳く。
 運転席のシートを倒し、横たわる。
 そっと抱き上げて、彼女を移動させる。
 目覚めぬうちに、自分の準備を整える。
 上唇と下唇を交互に食んで、舌でなぞる。
 濡れた感触に震えた彼女が、瞳をあけた。
 膝に抱かれた状態に、驚いている様子だ。
「来いよ」 
 ぐいと腕を引く。
 そそり立つ自身の上に跨らせて、貫いた。
「あっ……っん!!」
 思わずといった風情で抱きついてくるから、耳元で囁く。
「今度はお前から動け」
 抵抗することなく、従順に彼女は腰を振った。
 深い場所で繋がる悦び。
 ふくらみの中心を摘んだら、強く締めつけられた。
華奢な肢体を強く、引き寄せる。荒々しく舌を絡ませあう。
 狭い運転席の上での激しい交わりで、彼女の体が後ろに傾ぐ。
 ついに、高らかな音が鳴り響き、目を細めた。
 俺達を咎めるかのような警告音に、く、と笑う。
「な……今の!? 」
「どうせ外には聞こえやしない。それより今を楽しめ」
 膨らみを揉みながら、唇を合わせ、円運動をする。
「はあ……ん……っ」
 止め処ない啼き声が車内に響く。
 甘い声で誘う唇を再び塞いだ。
「誰にも渡さないから」
 耳元に息を吹きかけ、言葉を落す。
 沙矢のひざ裏を抱え上げて律動を早める。
 二度目のクラクションも陶酔しきった二人には関係がなかった。
「青……愛してる」
 睦言は熱に浮かされた一時の嘘ではなく本心だ。
「愛してるよ」
 車の中、衣服を着た状態で、狂ったように四肢を絡ませる。
 密閉された室内には音がこもり、
沙矢の甘い香りに誘われるままに欲をぶつけた。
「っあ……青……イク」
「イケよ……っ! 」
達する寸前の無意識下で放たれた言葉に、口の端が上がる。
 最後に強く突き上げて同じ時を分けあった。
 ぶるりと、お互いに身を震わせた。
 混ざり合う熱の本流。
 崩れ落ちる彼女を無我夢中で抱きしめた。
   自分の女を見知らぬ男の欲望に満ちた視線に、
 晒すなんて正気の沙汰ではなかった。
 今すぐ、俺のものだと確かめたい。
 腕の中で窒息するほどの甘い時を過ごしたい。
 車高の低い車は事を成すのに相応しくないと、わかっていながら
 沸き起こった欲求を抑える気などさらさらなかった。


「……青」
「何」
 やたら甘い声が耳元で聞こえ、妙な声が出そうになった。
(こ、声だけで!? ううん、さっきの余韻が残ってるのよ)
 泡立てたお風呂の中で、後ろから抱え込まれていた。
 腰にきつく回された腕。背中に凭れたらしっかりと支えてくれた。
 広いバスルームの浴槽は、深さもあって、
気をつけないと上せて沈み込みそうになる。
 体を洗って、この中に二人で入ってから少し経つけれど、
 お互い、出ようともせず、ゆったりとした時間を楽しんでいた。
 勇気を出して唇を開く。この空気を壊してでも言わなければ。
「青に怒りたいことがあるのよ」
「へえ? 」
 からかう調子にむっと頬を膨らませる。
「週末まで……せめて金曜日まで待ってって言ったじゃない。
 約束は守ってくれなきゃ嫌よ」
 ラブホを訪れたのは土曜日、今日は火曜日。
 平日だろうが、もはや関係ないのだろうか。
「愛し合うもの同士なんだから、毎日でもいいくらいだ。
 恥じることは何もない」
「恥じてるんじゃなくて……! 」
 顎に指をかけられて、上向かせられる。
 斜めに傾いた格好で、キスが奪われた。
 角度を変えて繰り返されるキスは次第に、
 体の奥を目覚めさせる深いものに変わっていく。
「っ……んん……」
 急に唇を離され、宙で吐息が溶ける。
「嫌ならここでやめようか。無理強いするつもりはない」
 戸惑い、瞳を揺らす。
 私が、拒絶したら止めてしまうのだろう。
そしてすぐに、平静に戻るのだ。
「嫌……っ」
「どっちの嫌なんだ」
「分かるでしょう……っ」
 くるりと体を反転させて、抱きついた。
 正面から、貪るようにキスが降る。
 歯列をなぞり、舌先を吸われ雫が顎を伝った。
 胸のふくらみを下から押し上げるように揺さぶられる。
「もう、濡れてるのか」 
 ぬるり、滑った感触がした。
指先は秘部にある蕾に触れている。
 これは、泡ではなくて。
感覚が鋭くなっているのか。
「浴室で使う媚薬のようなものなんだな」
 青は面白そうに笑って、波打つ湯を手のひらで掬った。
「……っ」
 とろみがあるお湯を、膨らみの先と秘部に塗りつけられ、びくんと震える。
 また、溢れた気がした。
「今日は刺激的だな。合コンとやら意外によかったじゃないか。
 また行こうか」
「付き合っている私たちが行っても仕方ないじゃない」
 そんなことは、今回限りだとは思うけれど。
「冷静に考えればそうだな」
 しれっとのたもうた最愛の彼は、いきなり貫いてきた。
 今日の行為は二度とも避妊具をつけている。
 欠かさず飲んでいる薬があるから、どちらでもよいが、
 直接のつながりは、彼も私もあまり長くはもたない。
 圧倒的な存在感に、悲鳴を上げる。
 容赦なく突き上げられ続け、感じやすくなっている体はあっけなく昇つめた。
「ほら、言うようになっただろ」
「……? 」
 顔に疑問符を浮かべる私の手を彼は握る。
 パジャマを着てベッドの上で寄り添っていた。
 ぎゅ、と胸の下にもぐりこむと髪を撫でられる。
「イクって言ったの覚えてない? 」
「……言わないでよ」
「可愛いから、また聞かせろよ。そういうの男はたまらないんだぜ」
 見上げると、流し目で微笑まれる。
 うっ、と呻いて胸元に顔を埋めた。
 ぽんぽんと背中を撫でられていると、勝手に眠気がやって来る。
 閉じた視界の中、額と頬にくちづけを一つずつ、落とされたのを感じた。 
「おやすみ、俺の沙矢」



 眠気はさほどではない。合コン会場を出るのが早かったからだ。
 日付が変わる頃には眠れたし、ちゃんと朝ご飯も摂り、
 お弁当も二人分作った。ただし今日はおにぎりだ。
 鮭フレークいりである。
 ラップで包んだだけの物だが、彼は喜んでくれ仕事用のバッグに入れていた。
(いや、彼はいつも大げさなくらい喜んでくれるけれど)
 デスクに座った瞬間、陽香が、隣の席に座った。
 まだ隣の席の人は来ておらず、彼女は気にせず他人の席に居座っていた。
 ぎし、と椅子の軋む音がする。
「おはよう、陽香」
「おはよう。昨日はありがとね」
「……えーとお役にたてましたか」
 思わず棒読みになる私に陽香がくすくす笑った。
「大丈夫よ。皆青様に会えて、いい思い出になったんじゃない。
 誰かが誰かを誘って、成り立ってた合コンだから、
 私も友達以外は知らない人ばかりだったわ」
 あれが、合コンだったのかどうか聞く勇気もない。
 陽香は、話題を変えた。
「それにしても、本物はオーラが違うわね。
 身長も想像してた以上に高いし。
モデルとかやってたことないわよね」
「確か187じゃなかったかな。
モデルしていた話は、聞いたことないわよ」
「想像だけど、簡単には過去を明かすタイプじゃないでしょ」
 す、鋭い。少しずつ知っていけばいいわけで。
 彼と出会ってから未だ一年も経っていない。
 それだけ濃密な日々を過ごしてきたということだ。
「……知らないところをこれから知っていけばいいの」
「前向きでよろしい」
陽香は、ふう、と一息つくと、ポケットの中から
取り出した飴玉を手渡してきた。
「ありがとう」
 お互いに包みを破って口に放り込む。
 口の中で転がしながら、お互い顔を合わせて笑った。
「よっしゃ、今日も頑張ろう」
 がし、と腕と腕を交差させる。
 体育会系っぽいノリに、女友達の大切さを改めて感じていた。



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