微熱 versionーseiー



 上気した頬、熱っぽい瞳を見るたび罪悪感が込み上げる。
 熱に浮かされてどうにかなりそうで、
 抱かれたくて仕方なくて彼に懇願した。
 無論、青が拒否するわけもなく。
 大量の汗を散らしていつもより早く限界を迎え、眠りに落ちた。
 目覚めた時、抱かれた後特有の気だるさはありつつも、
 意外に気分はすっきりしていた。額はひんやりしている。
 汗をかいたことで、熱が引いたらしかった。
 代わりに青に熱をあげてしまったけれど。
 沙矢は買出しに出ることにした。
 青が心配だが仕方がない。
 心配かけまいと正常であることをアピールするように動き回るから余計心配なのだ。
 ふらふらしてるのが見て取れるのに、大丈夫なわけないじゃない。
 弱いところも見せてくれるようになったが、それでも強がるから痛々しい。
「行ってくるわ。ちゃんと寝てなきゃ駄目だからね」
 パタンと寝室の扉を閉めた時、青は荒い息を紡ぎだしながら眠っていた。
 寝顔は意外にも穏やかで、沙矢は少しだけほっとしていた。
 折角の休日に寝込むことになった青だが、疲れも溜まっているはず。
 熱が下がったとしてもどうせなら、土日は体を休めてくれればと沙矢は思っていた。

 脳裏に霧がかかっている。
 目は見えるのに視界がはっきりしない。
 額に手をやれば、沙矢が取り替えたのであろうタオルが置かれていた。
 壁の時計を見れば正午前を指していた。
 青は頭を押さえつつ何とか起き上がるとヘッドボードに置かれた体温計を取り脇の下に挟んだ。
 パジャマのボタンは、2つ目まで外されていたのでやりやすかった。
 青が少しでも過ごしやすいように考えてのことだろう。
 背中の汗がべとべとして気持ちが悪い。手で触れれば鎖骨にも浮き出ている。
 ピピピっという電子音が鳴り響き画面を見れば37.5度と表示されていた。
 朝より幾分下がったようだがまだだるさが残っている。
 昨夜、熱に浮かされた沙矢に翻弄され羽目を外してしまったのは事実。
 彼女が元気になってくれたのはいいが、自分がそのまま受け取ってしまうとは。
 ありがちすぎるパターンに苦笑いする青である。
 自分がこんなに弱いとは今まで思いもしなかった。
 単に強がっていただけかもしれないが。 
 こんな弱い姿を見せたのは、他人では沙矢だけだった。
 青が心を許し自分の全部を渡してもいいと思えたほどの女は彼女一人。
 ベッドを抜け出ると、青はダイニングキッチンを目指した。
 温くなったタオルを替える為と喉の渇きを潤す為。
 足元がふらついたものの自分を奮い立たせ支えなしで歩く。
 このマンションはこんなに広かっただろうか。
 確かにワンフロアー全部青の所有だが、今まで特に広いと感じたことはなかった。
 ダイニングキッチンに着くと冷蔵庫から、ミネラルウォーターのペットボトルを
 取り出し、グラスに注いだ。グラスの外側から水滴が垂れる。
 飲み終わるとグラスをゆすぎ、食器棚にしまう。
 温くなったタオルを水で濡らしよく絞ると手に握ってダイニングキッチンを後にした。
 戻る方が、早かったような。
 青は寝室に戻ると体が欲求するまま再びベッドにもぐりこんだ。
 額にタオルを当てて仰向けになると布団を被って目蓋を伏せた。

 沙矢は、ドアホンを押さずエレベーターに乗った。
 いるのは分かっているのでわざわざ鳴らして気を使わせる必要もないと
 ドアホンは押さないのだ。帰ればすぐ会えるのだから。
 あっという間に目的の階に辿り着く。買い物袋を持ち直すとかさかさと鳴った。
 間に合わせの惣菜より手作りがいいと思ったので
 近所のコンビ二ではなく地下鉄で足を伸ばした為少し時間がかかってしまった。
 指紋を照合し扉を開けると、玄関で靴を揃えて脱ぐ。
「ただいま」
 聞こえるはずもないが、言いたかっただけだ。
 スリッパを履いて廊下を進む。
 ダイニングキッチンで持っていた買い物袋から食材を
 取り出し冷蔵庫に入れるとリビングへ向かう。
 ひょっとしたらいるかもと思い覗いたが青の姿はない。
 寝室の扉を開けた時、大きな影があった。
 部屋の電気はついていた。
 そろりと近づいていきベッドの側に佇む。
 すうすうと穏やかな寝息が聞こえてくる。
 額のタオルを退けて直に触れると、熱は微熱といえる程に下がっていた。
 汗をたくさんかいて下がったのだろう。
 試しに自分の額もぴったりとくっつけてみたがそんなに変らない。
 この分だと明日の朝にはすっきりと回復しているだろうと思われた。
「よかった」
 安心感から言葉が勝手に口から漏れていた。
「青」
 声をかけるとゆらりと布団が動いた。
 目蓋が開く。ようやく会えた。
 顔を見ると抱きつきたくなるのだがどうにか我慢した沙矢だ。
 相手は病み上がりどころか未だ完全に回復していないのだ。
 支えようとした手を制すと青は自分の力で起き上がった。
 未だに何も喋らない青に沙矢も黙っていた。
 以前は怖くてたまらなかった沈黙の時間だって平気になった。
 沈黙の時間さえも一緒にいて心地よいと感じられるようになったのだ。
 青を見ていると自然と目が合い見つめあう形になる。
 手のひらを取られ頬に当てられる。額と変らない温度だ。
 そのまま頬擦りをするように顔を寄せられ、沙矢の心臓が高く鳴った。
 手を彼に掴まれていることで距離が近くなっている。
 青の心臓の音も意外に大きい。部屋に響く。
 混ざり合ってるのかもしれない。
「起きてた?」
「玄関の扉の開く音がした時に目は覚めたかな」
「じゃあ寝たふりしなくても普通にしてれば良いじゃない」
「沙矢に起こしてもらおうと思って」
 普段は甘えてこない青が、頬を緩ませて笑っている。
 沙矢は風邪はこうまで人を変貌させるのかと内心驚きつつも嬉しかった。
 新たな彼を垣間みれたことが心を躍らせた。
 感激で目元が潤んでいる。
「襲ってほしいといわんばかりだな」
 くっくっと含み笑いをされ沙矢は動揺した。
「えっち……まだ熱あるでしょ」
「お前こそ熱がまだあるんじゃないか。顔から首まで真っ赤だぞ」
「誰のせいよ!」
 意識させるから。
 青はしれっとした顔で沙矢の顎を掴む。
「熱測らせろ」
 荒々しくも優しい唇が覆い被さってきた。
 舌が口腔をまさぐっている。
「んん……っ!」
  いきなりすぎるわ!
 沙矢は相手が病人なのも忘れて、胸をぽかぽか叩く。
 これで、どうやって熱計るのよー!
 心の声は届くはずもなく、甘い口づけに翻弄されてゆく。
 沙矢のささやかな抵抗なんて利くはずもなかった。
 舌を掬われ、唾液を吸われて、頭が朦朧としてくる。
「はぁ……っ」
 強引な唇はますます思うように沙矢の咥内を蹂躙する。
 恐る恐る差し出して自らの舌を青の咥内に捻じ込むと、唾液の橋が出来上がった。
 それがなんともいやらしく視界に映り、同時に起きている水音が、
 更に卑猥な気分を倍増させる。 
 キスの合い間にも青の手は沙矢のブラウスの内に潜りこんでおり、
 抵抗する間もなく背中で下着のホックを外す音を聞いた。
 腕をぐいと引かれ、青の上に倒れこむ。
 ブラウスのボタンを外され、前を肌蹴させられた。
「綺麗だ」
 ドキン。鋭い瞳に囚われてしまう。
 見つめるだけで酔わせることができるあなたはずるい。
 青はじっと見ているだけで、何もしてこないのに沙矢の
 肌は頬と同じように薄紅色に上気していた。
 僅かな羞恥と期待がいっぱいのせい。
「じっと見てるだけの方がずっとやらしい」
 分かっててやっている辺り性質が悪いのだが、青の場合は
 開き直っているから余計手に負えないのだ。
 唇の端が曲がり目元が妖しく光っている。
「んっ」
 再び唇を塞がれる。
 チュッという軽い音を立てるキスが繰り返される。短い間隔を置いて何度も。
「どうだ?」
「温度計じゃないんだから」
「じゃあ分かるように教えてやるよ」
「っ!」
 その言葉の意味することを考えた沙矢はくらくらと眩暈がした。
 今更だが。帰ってきて早々ディープキスを交わし、煽られ続けている。
 髪を掻き分けて耳に指が触れてくる。
 ふっと息を吹きかけられ前のめりに青の上に倒れた。
 腕を引かれると体勢が変えられ、沙矢がベッドの上にいる状態になる。
 見下ろされていることに気がついた時には耳朶に触れる熱い粘膜を感じていた。
 ぺろりと全体を舐められ、奥まで射し入れられて、ゾクゾクという感覚が強くなる。
 柔らかな髪が肌に触れる。首筋に触れた舌は、熱がなくても熱い。
 ゆっくりと吸い上げらると、キスマークが浮かび上がる。
 体の奥が疼く甘い痛みに沙矢は青の肩を掴んだ。
 首筋からうなじにかけて、赤い花が散ってゆく。
 媚薬などなくても沙矢にとって青の声と唇が既に甘い薬で。
 彼の体の下で華奢な体をくねらせて敏感に反応するのみ。
 指先が体のラインをなぞる。
 柔らかなふくらみの頂点を弾いた時、沙矢はぴくりと頤を反らせた。
 既に固くなりつつあるそれを見て青は妖艶に微笑んだ。
「感じてるんだな」
 羞恥が高まる。
「ち、違っ……」
「胸を突き出して何を待ってる」
 この言葉攻めにはいつになったら踊らされなくなるのだろう。
 一生無理だと沙矢は確信している。
 精神的サドは永遠に不滅ねなんて余裕のない頭の隅で思っていた。
 胸の谷間にキスが落ちた。
 そっと手のひらに両の房を包み込まれる。
 頂を指先で捏ねたり、下から押し上げるように揉んだり。
 形を変える胸が、揺れている。
 体を青に押し付ける体勢になっているがどうしようもない。
「あ……んっ」
 軽い音を立てて頂を口に含まれる。
 舌先で転がしては、尖らせた舌で突いたり、やがては吸い立てられ。
 きつく歯を立てられて、喘ぎのリズムが乱れてくる。
 もはや啼いているだけ。
 唇は胸への愛撫を止めないまま、指先が滑り降りる。
 スカートの中をまさぐっていた手が、下着に触れた。
 そこは下着の上からでも分かるくらいに湿り気を帯び熱くなっていた。
 下着の脇から指を入れ、指を前後に動かし始める青に、
 沙矢は体を震わせ指を噛んで声を堪えていた。
「そんなに声を出したくないなら」
 唇から指が引き抜かれ唇が重なる。
 じんじんと疼き始める場所に意識がもって行かれそうになると、
 キスが激しさを増した。沙矢がキスに気を取られている隙に下着が剥ぎ取られる。
「まだイクには早すぎるだろ。これからなのに」
 青はクスっと笑った。
 衣擦れの音。上着を脱ぎ捨てると沙矢に覆い被さった。
 両足がぐいと広げられ開かれる。
 直接触れられた指の刺激は相当なものだ。
 蕾を探し当て押し潰したり全体に円を描いたり。
 そうする度にとろりと湧き上がってくるもの。
 ぶるりと体を震わせて沙矢は、シーツを掴んだ。
 青の頭が下半身へと移動する。
「っあ!」
 湧き上がってくる雫を音を立てて舐め取っていく。
 舌が触れるたびに幾度となく背筋を反り返らせ、沙矢は青の頭に手を伸ばした。
 不安定な体勢に手が吊りそうになる。だけど不安だった。
 掴まらなければ波に溺れ足を取られてしまう。
 一度目のクライマックスは目の前に迫っていた。
 荒い息を吐き出し肩を上下させて。
 淫らに唇を開く自分を見て唇を吊り上げる余裕たっぷりの青に
 少々憎らしさを覚えていた。自分とは正反対だと。
 必死で限界を迎えるのを堪えている
 いじらしい姿に青はたまらなくなっていた。
 無意識で、自分を翻弄し操っているのは誰だと言ってやりたくなるのだ。
 赤く色づいた蕾を執拗に攻める。
 喘ぎの間隔が早くなり断続的になってきた。
「も、駄目……っ!」
 青はその声を聞いて直接口に含む。
 沙矢の脳裏が白く濁っていく。
 甲高く啼いてシーツに沈んだその瞬間さえ青はじっと沙矢を見つめていた。

 青はうっすらと瞳を開けた彼女に口づけながら、腰を押し進めた。
 沙矢が意識を手放している僅かの間にすべての準備を終えている。
 内に入り込んだ瞬間、背を弓なりに反らせた。
 今までになく過度な反応。
 息を整えている沙矢の耳元に唇を寄せて耳たぶを噛んだ。
 恍惚とした表情をしている。
 青は同棲をしてから抱き合って眠れることに喜びを感じていた。
 馴れた沙矢は、痛みが瞬時に快楽に変る。
「ん……ああっ」
 律動によって揺れる胸を手のひらにおさめ、揉みしだく。
 指先で頂を捏ねながら乱暴にならないぎりぎりのラインで愛撫をする。
 赤い頂に食らいつけば、秘所が収縮した。
 締め上げられ快感の度合いが強くなる。
 気をつけなければあっという間にイってしまうだろう。
「……あ……っん」
 一度大きく突き上げて、青はそっと沙矢の中から脱け出た。
 目元が潤みきっている沙矢の唇に指を当てると囁く。
「まだまだ楽しませてやる」
「っ……な、何!?」
 青は硬度を保ったままの自身を沙矢の足の間に入れ、腰を前後させ始めた。
「んっ……ああ!」
 擦りつけるように体を揺さぶって、初めての感覚を与える。
 奥で彼を感じることができないもどかしさよりも
 言いようのない快感が沙矢の体中を支配していた。
 足に触れている熱さ、大きさ。彼自身をより
 強く意識させられてしまい、顔がゆでたタコになっているが、
 それ以上に、感じさせられ理性をどこかに置き去りにしてしまっていた。
 ぎゅっと背筋に立てられた爪が傷を作る。
 その痛みも甘美で、青を急き立てる役割を果たす。
「足閉じろ」
 青は沙矢を促し、足を閉じさせる。
 挟まれた格好の自身は秘所に触れるか触れない位の角度だ。
 腰を動かす速度を速めると、また爪痕がふえていく。
 掠める口づけを交わしながら、高みの階段を上る。
「何か……変……気が狂いそう」
 沙矢から漏れた声はこれ以上もないほど艶やかで甘い。
「狂えよ。もっともっと感じろよ」
 ぐいぐいと押しつけながら腰を突き上げる度すすり啼く声が漏れる。
 青は絶妙のバランスで腰を引く。
 沙矢が変と言ったのはまるで中に彼が入っている錯覚がしたからだ。
「ふ……っ……うんっ」
 背中がむずむずする。砂をかき集める動作でシーツを掴む。
「や……き、来て」
 もどかしげな声音は自分の限界を知らせるサイン。
「しっかり掴まってろ」
 青も沙矢の中で昇りつめたかった。
「ああっん!!!」
 青は沙矢の中に分け入ると鋭く一気に突き上げた。
 同時に背中に一筋の線が走った。空いている手は互いに固く繋いでいる。
 荒い息を吐く音だけが部屋に響く。
 青は自身を引き抜いてから意識を手放した沙矢の上に倒れこんだ。

 そっと髪を撫でられているのに気づいた沙矢はぱちぱちと瞬きをして目を覚ました。
「起きたか」
「起きたかじゃないわよ、熱は平気なの?」
 散々元気な姿を教えられておいて聞く沙矢は天然に間違いない。
 これが沙矢が沙矢である所以なのだが。
「分からなかったのならまだ教えてやる必要がありそうだな」
 にやりと笑う口元にぼっと顔が朱に染まる。
「可愛いすぎるぞ、お前」
 青は真顔で沙矢を見つめる。
 沙矢は照れて恥ずかしいのを誤魔化したくて話を変えた。
「……ご飯食べなきゃね。作ってくるから大人しく待っててね」
 沙矢が青の額に触れるとひんやりとしていた。
 激しい運動をしたからか熱はすっかり下がっているらしい。
 青は額に置かれた手をすかさず掴み、唇を寄せる。
 指を一本一本丁寧に口づけて、最後は強く吸い上げた。
「ん……っ」
 沙矢はまたあらぬ声を出してしまう。
「沙矢の性感帯くらい心得てるさ」
「ご飯作りにいけないでしょ」
「ああ、悪かった」
 青は名残惜しげに沙矢の手を離すと沙矢は、衣服を胸に抱いてすたすたと扉の方に向かった。
 後ろは彼に見られてしまっているが、仕方ないと諦めた。
 扉に手をかけた時、衝撃的な言葉が投げかけられる。
「俺が休みを無駄にするわけないだろ」
 いけしゃあしゃあと言い放たれて沙矢はもう何も言えなかった。 



 

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